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パラダイムシフト(その3)

2015年08月24日 11:30

河邊 拓己

前回「その2」はこちらから

2015年ASCOで顕在化した癌治療法パラダイムシフトの主役は、何と言っても「免疫」でした。

抗CTLA-4、抗PD-1という免疫細胞のブレーキを外す(免疫チェックポイント阻害)抗体たちと、遺伝子導入によってTリンパ球を癌細胞の特定の抗原に対する兵士にするCAR-T療法が、臨床試験で一部の患者さんの余命を劇的に延ばすことが明確に示されたのです。

これまでの抗癌剤による治療法の進歩は、(白血病・睾丸腫瘍や早期の癌を除けば)多くの癌患者さんについては余命を数ヶ月延ばすことの積み重ねでした。
(とはいえ、例えばステージIIIの肺癌では、その方法で、過去50年間で全体の余命中央値を1.5年延ばすことができているのですが。)

それが、免疫チェックポイント阻害によって、進行してしまった肺癌でも20~30%の患者さんの余命を数年単位(もしかしたら、治癒も望めるかも知れない)で延ばせる可能性が示されたのです。
(但し、今のところ膵臓癌やミスマッチ修復酵素異常のない大部分の大腸癌など全く効かない癌も多いし、肺癌でも効果の見られない患者さんが過半数であることも忘れてはいけません。)

「生存曲線」(カプラン・マイヤー曲線)で従来型抗癌剤や分子標的薬との違いのイメージを示すと、下図のようになります。

癌の免疫療法は、癌ワクチンや養子免疫療法を含めて、これまで科学者の間では評判が良くありませんでした。
ヒトの免疫の潜在能力については誰もが認めるところですが、悪性黒色腫のように特別に免疫反応が起きやすい癌を除いて、厳密にコントロールされた臨床試験で効果が統計的に証明された免疫治療はごく希でした。
藁にもすがる思いの癌患者さんから高額な治療費を受け取って効果が証明されていない(あるいは、既に効果が無いことが示されている)医療が行われていることに、私はつねづね疑問を感じていました。とはいえ、その原因の一つが、それに代わる「効果の証明された」治療法が提供出来ないことにもあったのは事実であり、忸怩たる思いでした。

2015年、そういった不評や不人気が一変しました。
そもそもASCOの参加者自体が劇的に増えたように感じたのですが、特に癌免疫関連の講演は、ことごとく満席でした。
免疫チェックポイント阻害の話題の中心人物であるPaul Allison博士がこの盛況を見て
「数年前まで、ほんの10人ぐらいしか人が集まらなかったのに…」
と語ったほどです。

パラダイムシフトの中身は、免疫のブレーキをはずす免疫チェックポイント阻害による効果が臨床試験で証明されたことによって、抗癌剤開発の目標が「余命を数ヶ月延長」から「治癒」へ、劇的に変わったということです。

もちろん、これまでだってできるならばそうしたかったのですが、ちょうど現代の科学でタイムマシンを作るのが目標といくら言っても現実味がないように、これまでの抗癌剤開発のパラダイムではその実現可能性が見えなかったのです。

体に備わっている免疫は、とても強力です。
例えば、劇症肝炎という病態では、人体最大の臓器である肝臓の細胞が、自分のリンパ球にたった数日でほぼ全て殺されてしまいます。
それくらい危険な仕組みなので、免疫にはそれを制御するシステムが何重にも存在します。少し間違えば、とたんに自分自身を攻撃してしまうからです。
実際、2006年に行われた免疫細胞のアクセルを踏む抗CD28抗体がはじめてヒトに投与された臨床試験では、投与を受けた健常者6人全員が多臓器不全になり、救急治療室で人工呼吸器の装着を余儀なくされました。

無作為な突然変異の積み重ねの結果、この免疫監視から逃れる能力をたまたま手に入れた細胞が増殖したのが、癌。
癌は、ダーウィンの法則のとおり進化し、さまざまな手法で免疫の監視から逃れています。

もちろん免疫チェックポイント抗体やCAR-Tは素晴らしいけれど万能ではありません。過半数の患者さんは未だ恩恵を受けることができません。免疫の監視から逃れる方法は、まだまだ他にもたくさんあるからです。

既に、抗癌剤開発をしている多くのチームは、いかにして免疫チェックポイント抗体に反応する人を増やすか、さまざまな併用療法の可能性に向けて走っています。
欧米では、無数とも言えるほどのさまざまな併用療法の臨床試験が行われています。
今のところ、免疫治療効果の見られる患者さんに、特定の遺伝子変異があるわけではなさそうです。
ついに、「治療法の開発競争すら行われていなかった」Pan Wild Typeの患者さんに対する抗癌剤開発競争が始まったともいえます。

ですが、これら免疫療法の治療費は、新しい抗体薬1つで年間約1,500万円にものぼります。
何重にもある制御システムを抑制するために同様に抗体薬を使えば、治療費は2剤で2倍、3剤で3倍…。
こんなことが、本当に実現可能でしょうか。
今でさえ、医療財政の破綻や、癌になったがゆえの破産、先進国とそうでない国の患者さんとの間の治療格差が問題となっているのに。
免疫チェックポイント阻害抗体の登場した2015年のASCOでは、「分子標的薬」の登場でお祭り気分になっているように見えた2000年頃と違って、こうした問題意識も同時に語られていました。


さて、感想や評論のような話をするのが私の本業ではありません。
癌を治すことを目標にしてから既に40年、実際に研究者となってからだけでも30年近くも経ってしまった私は、このパラダイムシフトの起きている今、何をしているか。
キャンバスの今やっている研究開発は、このパラダイムシフトとどのように関係してくるのか。
次回、キャンバスと私自身のこれまでの経緯も含めてお伝えします。


「その4」につづく)

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