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「サブグループ解析」への誤解を減らしたい

CBP501臨床第2相試験結果の解析についてキャンバスからお話しするとき、「サブグループ解析」というキーワードが登場します。

このキーワードは曲者です。なかなか正しくご理解いただけません。
あるいは、「サブグループ解析」という言葉自体についている手垢や先入観のせいで、ご理解いただける度合いが妨げられたりします。
一般に「サブグループ解析」の多くは偶然の可能性があるし、もしそれを悪用すれば意味のない差を主張するために使うこともできます。
しかし、だからといってサブグループ解析結果がすべて信用に足らないというわけではありません。そのサブグループでそのような結果になる偶然でない理由を示すことができれば、それは有用なデータです。

これにまつわる誤解をどうご説明しようかと常々考えていたのですが、ちょうど河邊が8月19日の決算説明会でご説明したものがわかりやすそうなので、若干加筆修正したテキストにしてブログに掲載してみます。

決算説明会ピックアップ

「白血球数の低い~あるいは『正常な』~患者さん(全体のちょうど半分おられました)に限って解析すると、CBP501を投与された患者さんで5ヶ月くらい生存期間の中央値が伸びていました」。

このような、全体の集団の中から特定のグループを抜き出して解析することを、「サブグループ解析」といいます。

今回のサブグループ解析の結果を示す図がこちらです。


これは生存曲線(カプラン・マイヤー曲線)といって、横軸が経過日数、縦軸は何%の患者さんがその時点で生存しておられるかを示しています。

この「5ヶ月くらいの差」というのは、実はかなり良い値です。
2014年、米国臨床癌学会(ASCO)は、「統計的に有意だけれど1ヶ月しか差がない」といった臨床試験が相次いだのを受け、臨床試験のハードルを高める狙いで、3.75~4ヶ月という数値を示しました。
「中央値でそれくらい差がないなら『意味のある臨床試験』と言わないことにしよう」という意味です。

つまり、CBP501サブグループ解析結果で出た「5ヶ月くらいの差」というのは、数字的には非常に良い値なのです。

ここで、「サブグループ解析って何だ?」という話になります。

「半分の患者さんでこのように良い結果だったんです」
と言うと、
「じゃあ残りの半分の患者さんは悪かったんですね」
と訊かれます。
当然のことだと思って私がうっかり
「はい、そうです」
と応えると、思いのほか驚かれてしまうことがよくあります。

実は、このような反応をされるのはいわゆる一般の方だけではありません。
医師や、場合によっては製薬企業の人でも抗癌剤開発になじみのない人には、そのような誤解から「えっ?」という顔をされることがあります。
「『ある薬をある患者さんに投与したら悪くなることがある』というのであれば、そのような薬は投与できない」とおっしゃる医師もいます。

どうやら、私が思っているほど「常識」じゃないということのようなので、改めてご説明しておくことにします。

考えていただきたいのですが、皆さんご存じの「高血圧の薬」や「糖尿病の薬」も、実はそういう特性があります。
低血圧の患者さんに高血圧の薬を投与したら悪くなるし、血糖を下げる糖尿病の薬を低血糖の患者さんに投与したら、悪くなるどころか下手をすれば亡くなってしまいます。
一般に安全といわれている生活習慣病の薬であっても、間違った患者さんに投与すれば悪くなるのです。
これは当然のことで、作用がある以上は、人によってそれが不味い作用である場合もあるわけです。

「こんなの常識だろう」と思っていたのですが、おそらく日本で新規抗癌剤の臨床試験が過去あまり実施されてこなかったせいでしょうが、医師の中にもそれを知らない人がいます。

また、もうひとつ、この誤解には「生活習慣病と癌の違い」もかかわっています。

生活習慣病の場合、患者さんはたとえば「高血圧の患者さん」と診断されます。
そういう症状のある患者さんに、血圧を下げる薬を投与する。だから一般に「悪いこと」は起きません。もともと低血圧の患者さんには投与しないのですから。
糖尿病も同じです。

ところが、癌の場合、「癌」とひとくちに言っても実はとてもたくさんの病気の集まりです。
たとえば「肺癌」というひとつの臓器、しかも肺癌の中でも「非扁平上皮癌」というさらに区切られた集団でさえ、その中にたくさんの種類の病気が混じっていることが、既に何十年も前からわかっています。

何らかの作用のある薬をそこへ投与した場合、「良くなる人」と「良くならない人」が出てくるのは、容易に想像できると思います。
また、当然のことながら、「悪くなる人」もいるはずですよね。なぜなら、その患者さんが「癌」と診断されているとしても、たくさんの種類の病気がどのように混じっている「癌」なのか細かい全部のことまではわからないままで薬を投与しているのですから。ひょっとしたら部分的には、まるで低血糖の患者さんに糖尿病の薬を投与するようなことを気づかぬうちにやってしまっているかもしれないのです。
(補足:この点についてはいずれまた詳しくブログ記事にするつもりです。)

抗癌剤開発の歴史を見るととてもよくわかるのですが、大部分の~ひょっとするとほぼすべての~抗癌剤は、投与のしかたや投与する対象によっては、患者さんは悪くなります。
「悪くなる患者さん」と「良くなる患者さん」がいて、その中で「良くなる患者さん」がどういう患者さんなのか特徴を選べた、あるいは特徴を決めることができたものが、抗癌剤として使われています。

どういう人が良くなるか悪くなるかわからないのでは、もちろん話になりません。
「当たるも八卦」じゃ困りますから。
(と言いつつ、いわゆる化学療法剤は、「悪くなるかもしれない」と思われながら一部使われています。本来はそれは避けるべきなのですが。)

今回、このCBP501サブグループ解析結果を素晴らしいと自分たちで考えている理由は、
「CBP501が効いている(と思われる)集団が見つかりました」
というだけでなく、
「その集団で効いていて他の集団で悪くなる『理由』を説明できる仮説に辿り着き、その仮説を裏打ちする実験結果が積み上がりました」
というところまで到達しているからです。

(2015年8月19日 決算説明会での説明に加筆修正)

蛇足な補足

サブグループ解析というとどうしても「後解析」「苦し紛れ」という先入観で見られてしまいがちなのですが、実は、抗癌剤開発ではむしろ「常道」のひとつです。

ご興味のある方は、たとえば代表例のひとつゲフィニチブ(商品名:イレッサ。アストラゼネカ)の開発経緯をお調べいただくと良いと思います。
開発者の執念とも呼べる熱意に支えられたサブグループ解析で、ゲフィニチブは薬になりました。

私たちは、いま手元にあるCBP501サブグループ解析結果について、将来薬として承認されるために重要な「意味のある」解析になっていると強く確信しています。

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いかがでしょう。ご理解の一助となれば幸いです。

元の動画はこちらに掲載されていますので、もしよろしければ全部通してご視聴ください。上記の部分は、河邊の動画の1’35”くらいから始まります。

また、「なぜ白血球数?」と疑問に思われた方は、論文発表前なのでごく簡単ではありますが、動画の下にある「質疑応答」で一部お答えしていますので、こちらもご参照ください。