マネジメントブログ

「快挙」のニュースと、抗がん剤の評価指標

今朝、米国臨床学会(ASCO)から、肺がん臨床試験の「数十年ぶりの快挙」を伝えるニュースが飛び込んできました。
First Trial in Decades to Show Key Benefits in Previously Untreated Extensive-Stage SCLC
(進行した小細胞肺がんの初回治療で、数十年ぶりとなる重要な効果を示した臨床試験)

広汎に進行してしまった小細胞肺がんの初回治療は、過去数十年間にわたって、従来型抗がん剤2剤の組み合わせが標準治療でした。
その改善を目指しさまざまな新薬や組み合わせで試みられた数々の臨床試験は、ことごとく失敗に終わっていました。
その中で、まさに数十年ぶり(in decades)の快挙を成し遂げた、待望の臨床試験結果が米国臨床学会誌に報告されたというニュースです。

この試験(IMpower133)では、
「抗がん剤2剤の標準治療 + 偽薬」
「抗がん剤2剤の標準治療 + 免疫チェックポイント阻害抗体(アテゾリズマブ)」
の比較が行われました。

ニュースになったポイントは「全生存期間」で、偽薬群10.3ヶ月に対し、免疫チェックポイント抗体を追加した群では12.3ヶ月と、実に2ヶ月・20%も伸びたことです。
ちなみに、無増悪生存期間は偽薬群4.3ヶ月に対し5.2ヶ月。
奏効率は両群に差がありませんでした。

私たちのブログをお読みいただいている皆さんには、これから私が言おうとすることが既におおかた想像できるんじゃないかと思いますが・・・

■抗がん剤の効果を評価する(=承認を獲得する)のに最も大事なのは、「生存期間の延長」です。

がんが大きくなったとしても生存期間を延ばすなら良いお薬だし、がんがどんなに小さくなっても生存期間を延ばさないなら意味がありません。
したがって本来、すべからく抗がん剤の評価は生存期間を指標としなければなりません。

・・・と言うだけならば簡単ですが、現実には、薬剤が生存期間の延長に寄与していると証明するには、さまざまな困難があります。

例えば、多くの乳がんや前立性がんは、多くのステージにおいて、現在の標準治療法でも生存期間は10年程度あります。
こういった領域で初回治療での生存期間延長への効果を示そうとすると、臨床試験に10年以上かかることになります。
期間だけ考えても大変ですが、それ以外にも困難があります。
通常、初回治療の後には2次治療、3次治療・・・とさまざまな治療が行われるので、生存期間が延びたとしても、それが初回に行った治療の効果なのか、それともその後の治療の結果なのか、区別することはとても難しいのです。

そこで、余命の長いがんの場合には、生存期間の延長を示す代わりに、
「無増悪生存期間」(がんが、予め定めた基準より大きくなるまでの期間)
「奏効率」(がんが、予め定めた基準より小さくなった患者さんの割合)
といった指標が用いられる場合があります。

しかし、これらはあくまで、生存期間の延長を証明するのが難しいケースに限って用いられる「代わりの指標」に過ぎません。
ですから、これらが代わりの指標として使えるがんの種類やステージは、ほぼ決まっています。
他の多くのがんでは、これらの指標が余命を反映しないことがわかっていて、薬剤承認の指標として使えません。

実際、今回の「数十年ぶりの快挙」のニュースでも、一般にお薬の効果の現れやすい初回治療にもかかわらず、無増悪生存期間は1ヶ月も伸びていません。
奏効率に至っては、両群に差がありませんでした。
生存中央値が10.3ヶ月から12.3ヶ月へと約20%伸びたことを、数十年ぶりの素晴らしい快挙と言っているのです。

以前のブログで、初回治療から2次、3次治療と進むにつれて
① 抗がん剤が効きにくくなる
② 期待される生存期間が短くなっていく
③ 期待される奏効率が下がる
というお話をしました。

ここで、CBP501について私たちの持っているデータをあらためて見てみましょう。
膵臓癌3次以降の治療。
全投与患者の全生存期間 4.3ヶ月(白血球数正常値の患者群では5.9ヶ月)。
過去データ(Manax論文)から予想される全投与患者の生存期間 3.0ヶ月。

CBP501にとっては苦手なことがわかっている白血球数異常高値(10,000超)の患者さんを2割程度含んだ全投与患者でみても、中央値としては43%伸びたことになります。
白血球数正常値の患者群では、全生存期間の中央値は5.9ヶ月。過去データからの予想よりも2.9ヶ月、実に97%も伸びています。
(現在準備を進めている第2相試験は、白血球数正常値の患者群のみに絞り込んで実施します。)

繰り返しになりますが、「快挙」のニュースになった小細胞肺がんの試験は初回治療。
私たちのデータは、効きにくい3次以降の治療です。

私たちが膵臓癌の3次治療で試験をしているのは、あくまで、できるだけ少ない患者数で効果を証明するために、過去の数字が悲惨な、とても難しいがんのとても難しいステージを選んだからです。
この条件下でひとたび効果が証明されれば、つまり、最初の承認さえ得られれば、経済的にも余裕ができ、さまざまながんの種類や治療段階での証明試験を実施して適応を拡大していくことが可能になるはずです。

■抗がん剤の効果の評価において、代替指標「奏効率」の重要性は薄れています。

さきほど書いたとおり、「奏効率」とは、がんが予め定めた基準より小さくなった患者さんの割合です。
つまり端的に言うと、「抗がん剤ががんを直接殺す作用の強さ」の指標です。
従来型抗がん剤の生まれた頃の目標はがんを殺すことであり、その結果患者さんの余命は伸びるであろうという希望的な予測のもとに、この指標が重視されてきました。
その後も、先に書いたように、代替指標として使われ続けています。

しかし、
「マウスのがんを治す化合物はいくらでも見つかるけれども、人では効かない」
「患者さんのがんは小さくなったけど余命はむしろ短くなった」
という有名な話があるように、がんが小さくなることと、患者さんの余命が延びることに相関がないケースはたくさんあります。

さらに近年、免疫系抗がん剤の時代になってその傾向は顕著になりました。
「奏効率や無増悪生存期間は大して変わらないかむしろ悪くなっているのに、余命が伸びている」というケースが増えてきています。

ここまで読んでいただいたとおり、これはあたりまえですね。
奏効率は昔から、あくまで余命と相関することがわかっているがんの種類やステージの場合のみ、「代わりの指標」として使われてきただけなのですから。
(期待される余命が短く標準治療がないために)余命の違いを全生存期間で直接的に示すことのできる膵臓がん3次治療のような場合、代替指標である奏効率や無増悪生存期間には意味がないのです。
もちろん、一応は調べるし、その数字がよければ気分が良いのですが、それ以上の意味はありません。
その数字がどうあれ、余命が伸びなければ意味がないし、余命が伸びればその数字は良くても悪くてもどうでも良いのです。

それでも、抗がん剤の評価においてはがんを直接殺す作用の強さが最も重要だと考えられていた過去に引きずられている人は少なくありません。
プロである製薬会社の人から「うちの会社はまず奏効率を見(て足切りをす)る」と言われることが今でもあります。
「2.9ヶ月の生存期間延長って意味がありますか?」と真顔で訊かれることもあります。
もちろん大いにあるのでこの記事に書いたような説明をするのですが、先入観が邪魔をしているのでしょうか、納得されないかたも多いようです。

「代わりの指標」を追い求めているうちに、いつしか元々「代わりの指標」であったことが忘れられて初めからそれが本質であったかのような扱いになり、本来見るべき情報を見失ってしまうのは、社会のどこでもよくある話です。
プロフェッショナルの集まりと目されている組織であっても、残念ながら例外ではありません。
先にご紹介した「うちの会社はまず奏効率を見(て足切りをす)る」と私たちに言った製薬会社のように、集団で(しかも多数決でなく全員一致で)意思決定をするような組織においては、全員がいちどに先入観から脱し最新の情報や知識へアップデートするのは難しいようです。

もちろん私たちも例外ではないので、そういった話を他山の石として、世の中で「常識」とされていることを適切に疑い、常に最新の情報に基づいて意思決定をしていきたいと考えています。