今回から何回かに分けて、「CBP501とはどのような化合物か」の話題をお届けします。
昨年このブログを始めた頃はちょうどCBP501に新しい知見が確認され「ReBorn」として情報の提供をしていたのですが、「新しい知見」の前からもともとわかっていたCBP501の性質や、そもそもどのような源泉から見いだし創出してきた化合物なのかについては、ご説明を後回しにしていました。
新しい知見が確認されたからと言って、以前からわかっていた性質が変わるわけではありません。
それらを振り返ってご一読いただくことは、キャンバスが現在進めようとしている開発の方向性をご理解いただくために有用と思います。
少々長くなりますがこの機会に改めて、CBP501「Re」Bornの前の「Born」の話題からお話しします。
CBP501の原型となったのは、TAT-S216という化合物です。
1990年代後半。
名古屋市立大学の私たちの研究グループ(のちのキャンバス創業メンバーです)は、私が米国留学時に着想した「細胞周期G2チェックポイントを破壊すると正常細胞に影響の少ない抗癌剤ができるのではないか」というアイディアをもとに、G2チェックポイントを壊す化合物を作ろうとしていました。
(ちなみに、そのようなアイディアを着想した人は世界中で同時多発的にたくさんいました。2000年代初頭には、抗癌剤開発を目指す製薬企業の多くにG2チェックポイントの研究チームができていたほどです。)
細胞のDNAに傷が入ると、癌細胞でも正常細胞でも、細胞分裂のための作業(細胞周期)を止めてDNAの修復を試みます。
作業を止めるためのブレーキが「細胞周期チェックポイント」です。
G2チェックポイントを破壊するために、私たちはまずG2チェックポイントのシグナルが分子レベルでどういう仕組みになっているのかを明らかにする研究をしていました。
そんな中、米国や英国の研究グループが、この仕組みのひとつを明らかにしたと著名な論文誌に報告しました。
私たちはさっそく彼らの主張を再現する実験を行いましたが、再現できたのは彼らのデータの中の一部だけでした。
(今では、細胞の種類や状態・DNAの傷の種類によってチェックポイントの仕組みがさまざまに異なることがわかっています。)
そこで、その再現できた部分のシグナルを止めることを考えました。
CDC25Cと呼ばれる脱燐酸化酵素(蛋白)の前から216番目の「セリン」というアミノ酸の燐酸化。
このセリンが燐酸化されるとG2のブレーキが作動し、細胞周期はG2期に止まる。
この燐酸がないと、ブレーキがかからず、細胞周期が止まりません。
私たちはこのセリン216番前後のアミノ酸配列を作製し、そのままでは細胞内に入っていかないので、大きなペプチドや蛋白でも細胞内に運ぶことができる特殊なペプチド配列「TAT」をくっつけました。
そうして作られたのが、TAT-S216。
このコードネームは、構造をそのまま名前にしたものです。
TAT-S216を用いて実験したところ、見事な結果を得ることができました。
DNAに傷を入れるために細胞傷害性抗癌剤(細胞のDNAに傷を入れて細胞分裂を阻害する)と併用すると、細胞周期G2期チェックポイントを阻害し、血管内皮細胞などいくつかの正常細胞には影響せず、癌細胞株の多くを死滅させたのです。
(余談。今となっては恥ずかしい限りですが、当時私は、この時点で薬作りの9割方が終わったと思っていました。「あとは製薬会社がこれを改良するだけで良いはず」と思い込んでいたのです。)
TAT-S216は、そのままでは医薬品にはなりません。
大部分の生物の利用する「L体アミノ酸」をつないだペプチドで作られたこの化合物は、ヒトの血漿に含まれる代謝酵素や肝臓の働きによって容易につながりを切られて(分解されて)しまい、生体内での安定性が確保できません。つまり、薬が効くために必要な血中濃度や滞在時間を確保できません。
このため、ペプチド型医薬品の最適化では、生物があまり利用しないD体アミノ酸(L体と鏡写しの構造で、分解されづらい性質を持っています)を一部に組み込んで安定性を確保しようとします。
ただ、L体をD体に置き換えると薬効が大きく損なわれてしまうことが多く、文字で書くほど簡単な作業ではありません。
また、分子が大きいと(TAT-S216は、TAT部分を含めた分子量3000弱、アミノ酸は22個でした)、体内で異物として免疫システムから攻撃されたり、アレルギー原因物質が体内に入ったときのようなショック反応を起こす確率が高くなります。
これを解決するには、細胞導入の役割を果たす部分も含めた全体の分子量を小さくする必要があります。
これらの課題を解決するために、キャンバスはたくさんの試行錯誤を続けました。
(この過程の途中で私たちはキャンバスを起業しました。)
「CBP」は、「CanBasのペプチド」という意味です。
少しずつ長さ(アミノ酸の数)や配列やL体D体を変えて多数のペプチドを作った際に、アプローチを大きく変えるたびに100番台の数字を替えました。
CBPのあとの数字「501」は、5つめの大きな工夫を加えて作った「CBP500シリーズ」の1つめの化合物であることを示しています。
CBP501は、細胞導入も良好な上に生体内安定性も抜群でした。
(ちょっとやそっとでは分解されないので、身内では「鉄のペプチド」と呼んでいます。)
また、マウスでの簡易薬効試験でも、シスプラチンとの併用で良好な薬効を示しました。
懸案だった分子量も、アミノ酸の数を12個まで減らしたことによって1929.1まで下げることができました。
この分子量だけで見ると定義次第では「低分子化合物」とも言える小ささです。
私は、2003年、CBP501を前臨床試験に進める議案をキャンバス取締役会に上程しました。
前臨床試験とは、医薬品開発の最初の一歩。
ヒトでの臨床試験を開始する前に、安全性などさまざまなデータを規制当局の定めた基準に則って収集する、厳格な動物実験です。
この試験を実施するのに、簡単なものでも数千万円、場合によっては数億円の費用がかかります。
当時のキャンバスにとってこの意思決定は、金額の重要性のみならず、キャンバスの創薬が「研究」ステージから「開発」ステージに切り替わる重要な意味を持っていました。
当時はベンチャーキャピタルの側にいた加登住も含む社外取締役たちや投資家代表オブザーバーの皆さんを交えた慎重な討議の結果、キャンバス取締役会はCBP501の前臨床試験スタートを承認しました。
着想から約10年近く、プロトタイプとなったTAT-S216を作製してから5年が経過していました。
(連載第2回につづく)
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