マネジメントブログ

研究開発の「成功確率」と「失敗確率」

沼津はすっかり早春めいてきました。

最近は四半期決算や報告会・IRセミナーなど財務系の話題ばかり続いていました。
今日のブログは久し振りに、研究開発寄りの話題をお届けします。

皆さんもご存じのとおり、医薬品研究開発の成功確率は低いものです。
この成功確率に関する信頼できる論文があります。
How to improve R&D productivity: the pharmaceutical industry’s grand challenge
『どうやって研究開発の生産性を改善するか~製薬業界の大いなるチャレンジ』
Steven M. Paul et. al., Nature Reviews Drug Discovery 9, 203-214 (March 2010)

(「英文はちょっと…」という方には、この論文の概略を日本語でわかりやすく説明しておられるブログ記事をご紹介します。
『うさうさメモ』2014年6月5日
新薬開発までの成功率と期間-「○○のメカニズムが解明」されてからの話
usausa1975様に感謝。)

この論文によると、最終的に医薬品として承認される確率は次のとおりです。

・初期スクリーニングで「当たり」判定された化合物(ヒット化合物)…1/24.3
・その後リード化合物が特定され、さらに最適化を終えた化合物・・・1/14.6
・前臨床試験を終えた化合物・・・1/12.4
・臨床第1相試験を終えた化合物・・・1/8.6
・臨床第2相試験を終えた化合物・・・1/4.6
・臨床第3相試験を終えた化合物・・・1/1.6
・医薬品承認申請を終えた化合物・・・1/1.1

論文の発表は2010年で、対象となったデータも少し古めです。
しかし、領域の違い・技術の変化・資金投入の意思決定に影響する経済要因の変動などによる多少の変遷はあるものの、ここで示された確率は現在も大きく変わっていないと考えられています。

これに沿うと、現在キャンバスが臨床試験開始準備を行っているCBP501の成功確率は、開発段階の判断にもよりますが10~20%。
CBS9106(SL-801)はさらに低く、8~10%。
最適化を進めている後続化合物群はそれ以下、せいぜい4~6%ということになります。

・・・あくまでも「一般的な確率を十把一絡げに当てはめると」という話をするならば。

✽ ✽ ✽

研究開発をしている私たち自身は、もちろん、私たちの化合物の成功確率がこのような低い数値だとは思っていません。

キャンバスは(キャンバスに限らず他の創薬・製薬企業も皆そうですが)、他がどんなにバタバタと失敗しても自分たちの化合物は必ず成功する・石に齧り付いてでも必ずや成功させてみせるというつもりでいます。

そう考えるに足る根拠があると考えているからこそ、私たちは研究開発を続けています。

またその一方で、プロジェクトの成功確率を少しでも上げ失敗のリスクを最小化するために、さまざまな検討や努力を日々続けています。

たとえば「開発中の化合物の作用機序に関する仮説を支持する動物実験データを獲得する」ことは、開発の成功確率見込みを押し上げます。
また別の例でいうと、「薬理効果をより明確に示すと考えられる臨床試験のデザイン」も、プロジェクトの成功確率を高めます。

✽ ✽ ✽

ただ残念なことに、外部のかたがたから見える「失敗確率」と私たちが見ている「成功確率」の間に、認識のズレが発生してしまいます。

ここに、「成功確率10%のプロジェクト」と「成功確率5%のプロジェクト」の2つの創薬プロジェクトがあるとしましょう。

研究開発する側から見ると、それらプロジェクトの間には2倍の価値差があります。
たとえばそれらが同じ「臨床第1相試験」段階に進んでいたとしても、私たちからは2倍の価値差に見えています。

しかしながら、外部から見えるのは「創薬はたいてい失敗する」という現実です。

「成功確率10%のプロジェクト」は、同時に「失敗確率90%のプロジェクト」でもあります。
これら2つのプロジェクトを「失敗確率」で比較すると、90%と95%。
この程度の違いは、「たいてい」という言葉で丸まっている程度の些細な些細な誤差でしかありません。

これを誤差として捨象する人の眼には、これら2つのプロジェクトが同じ「臨床第1相試験」段階にあったならば、だいたい同じ価値に見えることでしょう。

また、前者のプロジェクトにかかわる人々の日々の努力の積み重ねで成功確率を高め失敗のリスクを下げた結果、成功確率が20%に上がったとします。
これは、成功確率の変化で見ると「2倍」という大きな価値向上を実現したことになります。

でも、その努力の成果は、外部から見ると失敗確率が90%から80%に下がっただけ。
これもやはり、外部の眼には誤差でしかありません。

私たちの事業は、このように傍目からは誤差にしか見えないような、成功確率向上や失敗確率低減のための努力、データをもとにした判断の積み重ねで成り立っています。

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私たちは、さまざまな適時開示やIRセミナー・説明会の場で、どのようなデータを獲得してどのような判断をしてきたのかをお伝えしています。

また、
「同じ『臨床第1相試験』の段階にあるとしても私たちのプロジェクトは他の臨床第1相試験段階のプロジェクトよりも成功確率が高いと考えている。その根拠はかくかくしかじか」
という解説も、機会があるたびに一所懸命に続けています。

一方で、医薬品の研究開発プロジェクトには、
「非臨床での有効性」
「論文発表・学会発表」
「臨床試験開始承認の取得」
「臨床試験の開始」
「試験フェーズの進行」
「中間/最終解析の良好な結果」
など、傍目に非常にわかりやすい、明らかな進捗指標があります。

「製薬会社との提携の獲得」も、第三者の専門企業が一定の調査をして化合物の価値を認めたことの間接的証拠と考えることができ、やはりわかりやすい価値指標です。

それらわかりやすい指標に比べると、「成功確率の向上」はとてもわかりづらいものです。
科学の領域の話なのでそもそもとっつきにくい上に、他の化合物との比較も困難です。

しかし、成功確率の向上と失敗リスクの低減は、それらと同じくらい(場合によってはそれら以上に)キャンバスの価値を高める大切な活動です。
お伝えすることが難しい・わかりにくいとは言っても、その大切な活動を私たちが日々進捗させている事実を、なんとかしてお伝えしたいと思っています。

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このわかりにくさのハードルを少しでも下げるために、このブログでは今回のような話題もときどき採りあげていきます。
みなさま引き続きよろしくご愛読ください。