創薬バイオ企業関連の投資家リレーションには「提携」「ライセンス」「導入/導出」などという言葉が飛び交います。
皆さんも多数お聞きになっていることでしょう。
ただ、いろいろと質疑応答などをしていると、人によって用語が混乱しているようです。
また、いまだに
「創薬企業は提携する戦略がいちばん」
「提携のないバイオ企業はダメだ」
と固く信じておられる方も多いようです。
そこでこの記事では、創薬バイオ企業の提携について、その仕組みや種類を解説します。
特に、提携のタイミングや内容、それぞれのメリットやデメリットについて、投資家の皆さんの投資ご判断に関係しそうなポイントを中心に整理していきます。
実際には医薬品開発の提携はかなり複雑な内容になることもあり、この記事では枝葉末節を思い切って割愛し単純化しています。
詳しい方には食い足りない内容かもしれません。
この記事は、まず大枠を多くの方にご理解いただき投資家リレーションの共通言語を作るための解説とお考えください。
創薬は長い時間と莫大な費用がかかるビジネスです。
一つの新薬を開発するのに10年以上、開発費累計は数千億円規模になることも珍しくありません。
しかも、途中で開発が失敗するリスクも高く、実際に承認まで到達できる確率は非常に低いのが現実です。
こうしたリスクと費用負担に対処するため、創薬バイオ企業は他社と「提携」を結ぶことがあります。
提携とは、開発や販売の権利を他社と分け合ったり、譲渡したりすることで、リスクや費用を分担する仕組みです。
ただし、ここで重要な原則があります。
それは「リスクや費用を分担してもらうと、成功時の取り分が減る」ということです。
これは投資の世界でも同じですね。
リスクを取る者が、成功時のリターンも得る。
創薬の提携も、この基本原則に従っています。
創薬プロセスは大きく分けて、研究段階、開発段階(臨床試験)、承認・製造・販売段階に分かれます。
どの段階で提携するかによって、契約の性質やメリット・デメリットが大きく変わってきます。
臨床試験(第1相、第2相、第3相)を行う開発段階での提携は、創薬バイオ企業にとって最も典型的なパターンです。
この段階では、薬の候補物質は見つかっており、ヒトでの安全性や有効性を確かめている段階です。
創薬バイオ企業の立場から見た、提携タイミングごとの一般的な特徴をまとめます。
早期に資金を確保できる場合がある
大手のノウハウや研究リソースを活用できる
後期開発リスクを提携先に転嫁できる
成功時の取り分が大幅に減る
開発の主導権や発言機会を失う可能性がある
将来の企業価値成長余地が限定される
開発の主導権を維持できる
成功時のリターンの最大化を図ることができる
後期開発に伴うリスク(開発失敗、資金調達)を最終段階まで長く抱える
一時金など収益実現までの期間が長期化し、資金を自己調達する必要がある
ライセンスとは、権利を許諾することです。
創薬の領域では一般に、開発権、製造権、販売権などを許諾する契約のことを指します。
その契約では、創薬バイオ企業の側は権利を保持したまま、相手企業に「全世界」や特定の地域での開発・販売の権利を許諾します。
ライセンス契約の典型的な対価は以下の構成になります。
最も一般的なのが地域別の権利分割です。
例えば、日本企業が日本とアジアでの権利を保持し、欧米での権利を海外製薬会社にライセンスするといった形です。
キャンバスのCBS9106の提携では、当初は日本とアジアを除く全世界の権利、のちに日本とアジアも含む全世界の権利を許諾しました。
地域別の分割は、各地域の規制や市場特性に精通した企業が担当することで、効率的に製品を展開できるメリットがあります。
たとえば日本のバイオ企業にとって、巨大な欧米市場での販売網を持つ大手製薬企業との提携は、グローバル展開の重要な手段です。
また、薬事承認や販売などについて独特の慣行があるような国については、その地域の開発や販売を現地の製薬企業に任せたほうが円滑ということもあります。
一つの薬が複数の病気に効く可能性がある場合、適応疾患ごとに権利を分けることもあります。
例えば、がんの薬が肺がんと乳がんの両方に効く場合、肺がんの開発・販売権はA社、乳がんはB社というように分けることができます。
製薬企業との提携は一般に、投資家にとってポジティブな材料として受け止められます。
契約一時金が入れば、企業の財務状況も一時的に改善します。
短期的には株価が上昇するのも自然な反応でしょう。
しかし、提携によって開発の主導権を失うデメリットは、想像する以上に大きいのです。
提携後、開発の意思決定権が提携相手に移ると、創薬バイオ企業は自社の薬の運命をコントロールできなくなります。
これは極めて深刻な問題です。
例えば、提携先の製薬企業が経営戦略を変更し、特定の疾患領域から撤退することを決めたとします。
あるいは、提携先企業が他社に買収され、新しい経営陣が既存のパイプラインを見直すことになったとします。
このような場合、どんなに有望な薬でも、提携先の都合で開発が中止されてしまうおそれがあります。
実際、製薬業界ではこうした事例が珍しくありません。
大手製薬企業は常にポートフォリオの最適化を図っていて、優先順位の低いプロジェクトは容赦なく打ち切られます。
創薬バイオ企業にとっては社運を賭けたプロジェクトでも、大手にとっては多数あるパイプラインの一つに過ぎません。
もう一つの問題は、開発スピードです。
このような考え方に基づいて、近年、世界的に新しいタイプの創薬バイオ企業が増えています。
「EBP(Emerging Biopharma)」と呼ばれる企業群です。
EBPとは、従来の早期〜開発途上の提携に依存するビジネスモデルとは異なり、自ら後期開発まで進め、場合によっては製造・販売まで手がけることを目指す創薬バイオ企業を指します。
早期に大手製薬企業と提携するのではなく、できる限り自社主導で開発を進める戦略を取るのが特徴です。
EBPが増えている背景は、次のような変化です。
資金調達環境の改善: ベンチャーキャピタルや機関投資家の創薬分野への関心が高まり、開発後期まで自社で進めるための資金調達が以前より容易になりました。
技術の進歩: バイオテクノロジーの進歩により、小規模な企業でも効率的に開発を進められるようになりました。外部の受託研究機関(CRO)や製造受託機関(CMO)の発達も、自社で全てを抱える必要性を減らしました。
成功事例の蓄積: 提携なしで、あるいは後期まで提携を遅らせて大きな成功を収めた企業の事例が世界的に増え、その戦略の有効性が実証されてきました。
キャンバスは、一足飛びに全社的にEBPを目指すのでなく、開発パイプラインごとの特性や環境に応じて「創薬パイプライン型」「創薬基盤技術型」2つのビジネスモデルを使い分ける方針です。
CBP501は、キャンバスが創業前から研究開発を続けてきた最先行かつ最重要のパイプラインです。
当初は開発途中での提携導出を想定していましたが、臨床第2相試験の成功と資金調達、企業価値の上昇を背景として、現時点でCBP501については承認・製造・販売段階まで提携に依存しない「創薬パイプライン型」での開発を志向しています。
これと並行して、地域別の分割など、開発の主導権を失わず安売りにもならない条件に絞り、提携も視野に入れています。
2つめのパイプラインCBS9106(Felezonexor)は、創薬基盤技術型開発で開発し、前臨床試験段階で一旦ライセンス導出しました。
2025年6月に全権利の返還を受け、今後は追加で実施する基礎研究の成果等を勘案して開発方針を検討していきます。
前臨床試験準備を進めている免疫スイッチ作動薬CBT005、
CBP501の系譜に属する後続化合物で最適化を終えているCBP-A08、
静岡県立大学と共同研究で最適化を進行中のIDO/TDO二重阻害剤、
その他基礎研究段階の後続パイプラインについては、「創薬パイプライン型」「創薬基盤技術型」いずれとも未だ決めていません。
早期のライセンスアウトも検討可能で、実際にそのための活動も実施しています。
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