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創薬バイオ企業の「提携」

創薬バイオ企業関連の投資家リレーションには「提携」「ライセンス」「導入/導出」などという言葉が飛び交います。
皆さんも多数お聞きになっていることでしょう。

ただ、いろいろと質疑応答などをしていると、人によって用語が混乱しているようです。
また、いまだに
「創薬企業は提携する戦略がいちばん」
「提携のないバイオ企業はダメだ」
と固く信じておられる方も多いようです。

そこでこの記事では、創薬バイオ企業の提携について、その仕組みや種類を解説します。
特に、提携のタイミングや内容、それぞれのメリットやデメリットについて、投資家の皆さんの投資ご判断に関係しそうなポイントを中心に整理していきます。

実際には医薬品開発の提携はかなり複雑な内容になることもあり、この記事では枝葉末節を思い切って割愛し単純化しています。
詳しい方には食い足りない内容かもしれません。
この記事は、まず大枠を多くの方にご理解いただき投資家リレーションの共通言語を作るための解説とお考えください。

一点、先に書いておきます。
こういうブログ記事を書くとすぐに 「キャンバスはCBP501について提携を重視する流れなのか?」 などと邪推する人が出てくるのですが、そのような変化があるわけではありません。
これまで同様、基本的には最終段階までの開発遂行を志向しつつ、「良いお話があれば提携も否定しない」という姿勢です。

そもそも提携とは何か:基本的な考え方

創薬は長い時間と莫大な費用がかかるビジネスです。
一つの新薬を開発するのに10年以上、開発費累計は数千億円規模になることも珍しくありません。
しかも、途中で開発が失敗するリスクも高く、実際に承認まで到達できる確率は非常に低いのが現実です。

こうしたリスクと費用負担に対処するため、創薬バイオ企業は他社と「提携」を結ぶことがあります。
提携とは、開発や販売の権利を他社と分け合ったり、譲渡したりすることで、リスクや費用を分担する仕組みです。

ただし、ここで重要な原則があります。
それは「リスクや費用を分担してもらうと、成功時の取り分が減る」ということです。
これは投資の世界でも同じですね。
リスクを取る者が、成功時のリターンも得る。
創薬の提携も、この基本原則に従っています。

提携を分類する

以下、提携の見方を 「タイミング」 「内容」 「分割」 の3つの側面から整理します。

提携のタイミング:いつ提携するか

創薬プロセスは大きく分けて、研究段階、開発段階(臨床試験)、承認・製造・販売段階に分かれます。
どの段階で提携するかによって、契約の性質やメリット・デメリットが大きく変わってきます。

研究段階の提携(共同研究)
新薬のタネを探索している研究段階での提携は、薬の候補物質がまだ見つかっていないか、見つかっても実用化できるかどうか不明な状態です。
この時期の提携では、提携相手の製薬企業等と創薬バイオ企業が共通の目的に向かいそれぞれ自分の研究分担費用を負担する「共同研究」の形になる場合や、より具体的なリスクシェア・プロフィットシェアを規定し大きな資金の動く開発段階の提携に近い形になる場合があります。
開発段階の提携

臨床試験(第1相、第2相、第3相)を行う開発段階での提携は、創薬バイオ企業にとって最も典型的なパターンです。
この段階では、薬の候補物質は見つかっており、ヒトでの安全性や有効性を確かめている段階です。

開発段階の提携は、基本的に「リスクシェア・プロフィットシェア」の考え方で進みます。 つまり、臨床試験の費用や失敗のリスクを分担する代わりに、成功した場合の利益も分け合う仕組みです。
承認・製造・販売段階の提携
薬事承認の取得や、その後の製造・販売の段階での提携もあります。
小規模な創薬バイオ企業は、製造設備や販売網を持っていないことが多く、大手製薬企業に製造・販売を委託する形の提携が一般的とされています。
(最近は外部の受託研究機関(CRO)や製造受託機関(CMO)の発達によって必ずしもそうでなくなってきていますが。)
この場合、開発リスクは既に終わっているため、創薬企業が受け取るロイヤリティ(売上に応じた収益配分)の比率は一般に比較的高くなります。
タイミングごとのメリット・デメリット

創薬バイオ企業の立場から見た、提携タイミングごとの一般的な特徴をまとめます。

早期提携(研究・開発初期)〜開発途上段階の提携のメリット

早期に資金を確保できる場合がある
大手のノウハウや研究リソースを活用できる
後期開発リスクを提携先に転嫁できる

早期提携(研究・開発初期)〜開発途上段階の提携のデメリット

成功時の取り分が大幅に減る
開発の主導権や発言機会を失う可能性がある
将来の企業価値成長余地が限定される

承認・製造・販売段階の提携のメリット

開発の主導権を維持できる
成功時のリターンの最大化を図ることができる

承認・製造・販売の提携のデメリット

後期開発に伴うリスク(開発失敗、資金調達)を最終段階まで長く抱える
一時金など収益実現までの期間が長期化し、資金を自己調達する必要がある

提携の内容:何を契約するのか

提携の具体的な内容は、主に「ライセンス契約」と「譲渡契約」の2つに分けられます。
ライセンス契約

ライセンスとは、権利を許諾することです。
創薬の領域では一般に、開発権、製造権、販売権などを許諾する契約のことを指します。
その契約では、創薬バイオ企業の側は権利を保持したまま、相手企業に「全世界」や特定の地域での開発・販売の権利を許諾します。

ライセンス契約の典型的な対価は以下の構成になります。

契約一時金(アップフロント): 契約締結時に支払われる金額。
マイルストーンペイメント: 開発が、あらかじめ定めた段階に達した際に支払われる成果報酬。
ロイヤリティ: 製品が販売された後、売上高に応じて継続的に支払われる収益配分。
譲渡契約
ライセンスに対して、権利そのものを完全に売却してしまうのが「譲渡」です。
「売り切り」とも呼ばれます。
譲渡の場合、創薬企業は一度に比較的大きな金額を受け取りますが、その後の収益は得られません。
将来的な成功の可能性を放棄する代わりに、確実に資金を確保する選択です。

提携の分割:どう権利を分けるか

提携契約では、権利をどのように分割するかもポイントです。
主な分割方法は「地域別」と「適応疾患別」です。
地域別の分割

最も一般的なのが地域別の権利分割です。
例えば、日本企業が日本とアジアでの権利を保持し、欧米での権利を海外製薬会社にライセンスするといった形です。
キャンバスのCBS9106の提携では、当初は日本とアジアを除く全世界の権利、のちに日本とアジアも含む全世界の権利を許諾しました。

地域別の分割は、各地域の規制や市場特性に精通した企業が担当することで、効率的に製品を展開できるメリットがあります。
たとえば日本のバイオ企業にとって、巨大な欧米市場での販売網を持つ大手製薬企業との提携は、グローバル展開の重要な手段です。
また、薬事承認や販売などについて独特の慣行があるような国については、その地域の開発や販売を現地の製薬企業に任せたほうが円滑ということもあります。

適応疾患別の分割

一つの薬が複数の病気に効く可能性がある場合、適応疾患ごとに権利を分けることもあります。
例えば、がんの薬が肺がんと乳がんの両方に効く場合、肺がんの開発・販売権はA社、乳がんはB社というように分けることができます。

ただし、適応疾患別の分割には留意点があります。
医療の現場では、承認された適応以外にも使われる「適応外処方」が少なくありません。
特にがん治療では、肺がんで承認された薬が他の種類のがんにも使われるようなケースが多く行われます。
このため、抗がん剤では適応疾患別に権利を分けるのが難しく、もし分割するとすれば地域別の分割が中心になります。

提携の最大のリスク:開発の主導権を失うということ

ここで、提携の隠れた大きなリスク「開発の主導権を失う」という問題について、少し詳しく触れます。

製薬企業との提携は一般に、投資家にとってポジティブな材料として受け止められます。
契約一時金が入れば、企業の財務状況も一時的に改善します。
短期的には株価が上昇するのも自然な反応でしょう。
しかし、提携によって開発の主導権を失うデメリットは、想像する以上に大きいのです。

コントロール不能なリスクの発生

提携後、開発の意思決定権が提携相手に移ると、創薬バイオ企業は自社の薬の運命をコントロールできなくなります。
これは極めて深刻な問題です。

例えば、提携先の製薬企業が経営戦略を変更し、特定の疾患領域から撤退することを決めたとします。
あるいは、提携先企業が他社に買収され、新しい経営陣が既存のパイプラインを見直すことになったとします。
このような場合、どんなに有望な薬でも、提携先の都合で開発が中止されてしまうおそれがあります。

実際、製薬業界ではこうした事例が珍しくありません。
大手製薬企業は常にポートフォリオの最適化を図っていて、優先順位の低いプロジェクトは容赦なく打ち切られます。
創薬バイオ企業にとっては社運を賭けたプロジェクトでも、大手にとっては多数あるパイプラインの一つに過ぎません。

このリスクは、創薬バイオ企業にとってコントロール不能です。
自社の技術力や努力では防げない、外部要因によって開発が止まってしまう。 これは、投資家にとっても予測困難なリスクです。

開発スピードの問題

もう一つの問題は、開発スピードです。

大手製薬企業は多くのプロジェクトを抱えており、リソース配分には優先順位があります。
創薬バイオ企業にとって最優先のプロジェクトが、提携先にとっては優先順位の低いものかもしれません。
結果として、大手製薬企業の開発ポートフォリオからある日突然消えたり、開発が遅延したり、臨床試験のデザインが最適でないものになったりすることがあります。
創薬バイオ企業が「もっと積極的に開発を進めたい」と考えても、主導権がなければどうすることもできません。

市場機会の喪失

医薬品の市場は刻々と変化します。
競合薬が現れたり、新しい治療法が登場したり、規制が変わったりします。
こうした変化に迅速に対応するには、柔軟な意思決定が必要です。
しかし、提携先との調整が必要になると、意思決定のスピードは落ちます。
市場の好機を逃してしまうこともあり得ます。

「できることなら提携なしで進めたい」という考え方

こうした提携のデメリットを理解すると、多くの創薬バイオ企業が
「できることなら提携に依存せずに進めたい」
と考える理由が見えてきます。
提携は確かに資金調達やリスク分散の有効な手段ですが、それは同時に自らの運命を他者に委ねることを意味するからです。

世界の潮流:EBP(Emerging Biopharma)の台頭

このような考え方に基づいて、近年、世界的に新しいタイプの創薬バイオ企業が増えています。
「EBP(Emerging Biopharma)」と呼ばれる企業群です。

EBPとは、従来の早期〜開発途上の提携に依存するビジネスモデルとは異なり、自ら後期開発まで進め、場合によっては製造・販売まで手がけることを目指す創薬バイオ企業を指します。
早期に大手製薬企業と提携するのではなく、できる限り自社主導で開発を進める戦略を取るのが特徴です。

EBPが増えている背景は、次のような変化です。

資金調達環境の改善: ベンチャーキャピタルや機関投資家の創薬分野への関心が高まり、開発後期まで自社で進めるための資金調達が以前より容易になりました。

技術の進歩: バイオテクノロジーの進歩により、小規模な企業でも効率的に開発を進められるようになりました。外部の受託研究機関(CRO)や製造受託機関(CMO)の発達も、自社で全てを抱える必要性を減らしました。

成功事例の蓄積: 提携なしで、あるいは後期まで提携を遅らせて大きな成功を収めた企業の事例が世界的に増え、その戦略の有効性が実証されてきました。

企業価値の最大化: 開発が進むほど企業価値は高まります。早期に提携するよりも後期まで自社で進めたほうが、成功した場合には企業価値の増大が大きく、株主にとってのリターンが大きくなる可能性があります。

付記:キャンバスの方針

キャンバスは、一足飛びに全社的にEBPを目指すのでなく、開発パイプラインごとの特性や環境に応じて「創薬パイプライン型」「創薬基盤技術型」2つのビジネスモデルを使い分ける方針です。

CBP501「創薬パイプライン型」開発

CBP501は、キャンバスが創業前から研究開発を続けてきた最先行かつ最重要のパイプラインです。
当初は開発途中での提携導出を想定していましたが、臨床第2相試験の成功と資金調達、企業価値の上昇を背景として、現時点でCBP501については承認・製造・販売段階まで提携に依存しない「創薬パイプライン型」での開発を志向しています。
これと並行して、地域別の分割など、開発の主導権を失わず安売りにもならない条件に絞り、提携も視野に入れています。

CBS9106「創薬基盤技術型」開発

2つめのパイプラインCBS9106(Felezonexor)は、創薬基盤技術型開発で開発し、前臨床試験段階で一旦ライセンス導出しました。
2025年6月に全権利の返還を受け、今後は追加で実施する基礎研究の成果等を勘案して開発方針を検討していきます。

その他のパイプライン

前臨床試験準備を進めている免疫スイッチ作動薬CBT005
CBP501の系譜に属する後続化合物で最適化を終えているCBP-A08
静岡県立大学と共同研究で最適化を進行中のIDO/TDO二重阻害剤
その他基礎研究段階の後続パイプラインについては、「創薬パイプライン型」「創薬基盤技術型」いずれとも未だ決めていません。
早期のライセンスアウトも検討可能で、実際にそのための活動も実施しています。