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パラダイムシフト(その4)

2015年09月08日 14:00

河邊 拓己

前回「その3」はこちらから

30年ほど前。臨床医をしていた私は、「癌を治すのは免疫だ」と考え、しかも、その中でもマクロファージが特に大事な役割をしていると考えて、免疫研究所の大学院生となりました。
しかし、免疫で癌を治すには、免疫についても癌そのものについても、当時の科学的知見の積み上げは、あまりに少なすぎました。

正常細胞と癌細胞を区別して癌細胞を特異的に攻撃出来るかもしれない「細胞周期のG2期チェックポイント阻害」に私が着目するに至ったのは、1994年頃のことです。
もちろん、これに着目したのは私だけではありませんでした。2002年頃には、多くの大手製薬企業でG2期チェックポイントに着目したプロジェクトが立ち上がっていました。
彼らは、G2チェックポイントに関する当時の科学的知見を踏まえて分子標的薬を開発するのと同じアプローチでこの領域に臨みましたが、残念なことに、未だはかばかしい成果を上げることが出来ていません。

私が彼らと異なっていたのは、G2チェックポイント阻害の領域に分子標的的なアプローチをするには当時の科学的知見は不十分すぎると考えたことです。
実際に、当時論文になっていたG2チェックポイントのシグナル伝達は、実験室では部分的にしか再現できませんでした。
私たちは、再現できた部分からTAT-S216Aを設計し、予想どおりG2期チェックポイントを阻害できることを確認しました。

その後、正常細胞と癌細胞がG2期チェックポイントで異なった挙動を示すことを利用して自ら樹立した「細胞周期表現型探索法」を使ってTAT-S216Aを最適化し、現在開発中の化合物CBP501にたどり着きます。

2005年頃、キャンバスの研究チームは、CBP501の癌細胞特異的作用の原因が、カルモジュリンへの直接の接触によりカルモジュリンが作用する複数のイオンチャンネルを介してシスプラチンなどのプラチナ系抗癌剤の癌細胞内流入を促進することであると突き止めました。
カルモジュリンは、身体中あらゆる細胞に存在し、細胞が使っている普遍的信号であるカルシウムの濃度変化を細胞内のさまざまな分子へ伝達するときの信号の強弱をちょうど音楽のイコライザーの様に調節する蛋白質です。
キモになるのは、その調節のしかたでした。
スイッチのオンとオフのようにカルモジュリンの働きを止めてしまうのではなく、さまざまな信号を適切にバランスよく調節するものでなければなりません。これを薬剤で最適化するのは、分子標的薬を見つける手法では無理です。CBP501は、私たちの有していた「細胞周期表現型探索法」だからこそ生まれました。

臨床試験では、安全性を評価する第1相試験をクリアし、そこではそれまで私たちが考えていた理屈どおり、プラチナ抵抗性・不応答性の卵巣癌患者さんに効果の兆しが見られました。
(一般の臨床第1相試験は健康なボランティアで実施されますが、抗癌剤の臨床第1相試験は進行した癌患者さんのボランティアで実施されます。そのため、効果の兆しを観察することができるのです。)
第2相試験でもCBP501は、悪性胸膜中皮腫で主要評価項目を達成し、そこでも非臨床試験段階で私たちが予想していたとおりの効果を発揮しました。

しかし、ここまで順調に進んできたのに、2013年、CBP501の将来展望はいったん霧の中へ入ってしまいます。

提携交渉では、悪性胸膜中皮腫だけでは市場が小さいからと大手製薬会社はなかなか取り合ってくれない。さらに、2013年に終了した肺癌の臨床試験第2相では、主要評価項目であった無増悪生存期間の延長を達成できませんでした。

ここでCBP501の開発が頓挫してもおかしくはなかったと思います。
しかし私は、キャンバス創業前後に2人の著名な抗癌剤の専門家から別々に、そして2010年頃ASCOで別の抗癌剤専門家からと、合わせて3人の先達から、次のような全く同じ話を聞いていました。
「抗癌剤開発は山あり谷ありなので、開発を始めた人が手を離したらそこで終わる」

その後の臨床試験データの解析から、現場の医師の判断で投与のタイミングを調整してしまっていた例が多いことがわかりました。
調査を進めたところ、CBP501の投与を受けたうち実に7割もの患者さんが、シスプラチンの抗癌作用を増強するCBP501の効果(私たちは、このように癌細胞へ直接働きかけることがCBP501の最も重要な作用メカニズムであると考えていました)を発揮できないほど不適切なタイミングで投与されていたことが判明しました。

さらにもうひとつ、なぜか、投与開始前の検査で白血球数が正常に近かった患者さん(半分程度おられました)を抜き出してみると、CBP501を投与した患者さんの余命が大きく延長していることが判明しました。
CBP501による癌細胞への直接効果が期待できない投与方法になってしまっていた患者さんが7割もいたにもかかわらず。
当時私たちは、CBP501の効果と白血球数を結びつける説明を持っていませんでした。

そこからが、キャンバスの第2幕。
研究開発型バイオベンチャーの本領を発揮しました。

「当初期待した効果(G2チェックポイント阻害やシスプラチンの抗癌作用増強)を十分に発揮できない状況であっても、カルモジュリンへの働きかけを通して、CBP501は白血球数が正常に近い患者さんの余命を延ばすことができる」
この事実を手がかりに、さまざまな臨床データや論文を調査した結果、私たちは、このようなことの起きる理由をうまく説明できるかもしれない、ある仮説にたどり着きました。

仮説が樹立されたら、続いてやるべきことはその検証です。
ふだんはCBS9106の基礎研究や新規化合物の探索に当たっているメンバーも含め、キャンバスの研究チームのリソースのほとんどをCBP501の新しい仮説の検証作業に振り向けました。
その結果、それを証明する実験データが積み重なってきています。
私たちがたどり着いたのは、癌微小環境(癌の周りの細胞や基質のこと)、特に、その中のマクロファージでした。
マクロファージの類は、多くの場合に癌微小環境の中の最大集団であり、昔は癌をやっつける良い奴だと思われていました。
しかしその後、マクロファージは二面性をもち、進行癌患者さんの中では癌免疫を抑制して癌の成長に貢献してしまっている悪い奴でもあることがわかっています。

「CBP501は、これまでわかっていた癌細胞への直接作用だけでなく、マクロファージ内のカルモジュリンへの作用と癌細胞内のカルモジュリンへの作用で『抗癌免疫』も高めて、両方の効果で余命を延ばしたのではないか」
そうした仮説を支持するデータが、研究チームから報告され始めています。
もしそうだとすれば、パラダイムシフトで業界の注目の集まっている免疫チェックポイント阻害剤の領域に、CBP501は少なからずインパクトをもたらすはずです。

(このあたりの話題は、できるならもっと詳しく書きたいのですが、あまりここで開示してしまうわけにもいきません。できるだけ早く、学会や論文で公表していきます。)

私にとっては、研究を始めて30年近く、ぐるりと1周回って戻ってきたような、マクロファージや免疫との再会でした。
「癌を治す」を目標に進んできましたが、その目標はあまりに遠く、免疫系を制御して癌と闘うのは無理で、「余命を数ヶ月延ばす」が精一杯だと感じていました。
それが、突然のパラダイムシフトで霧が晴れ、目の前に「治す」に貢献できるかも知れないチャンスが巡ってきたのです。

今になって気がついたCBP501の作用が、パラダイムシフトによって脚光を浴びる事になった領域と重なっていることはまったくの偶然です。
科学的には、ここにたどり着いた必然性について後講釈的にさまざま述べられます。
ですが本当は、これまでもキャンバスがピンチになると何度も訪れた「奇跡」がまた起きた、と思っています。
(あまりそういうことを言うと、科学者としての信用がなくなってしまうとは思いますが…)


(連載「パラダイムシフト」了)

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